魂 の 色 彩
みただけで笑っちゃうような、
いつも目が笑ってる子供がいるけど・・・
そういう子供、みなさん、近くにいるかな?
子供はたいてい無条件におもしろいけど、
素直で、
まっすぐな目をして、
いつも目が笑ってる笑顔の子供って、
数は少ないけど、いますよ。
みてるだけで笑っちゃう。
慶応女子の後輩に、
「(小学校に入るとき)どういう試験だったの?」
と訊いたら。
「ただ、みんなで遊ぶだけ・・・・」
みたいなコト云われたけど、
なるほど、
それは、試験方法として一理あるんだすな・・・
子供のときの性質と、大人になってからの性質って、
たいていのひとは、ほとんど変わらなくって、
子供の時に面白かったヤツは、大人になっても面白いし、
ひねくれてたヤツは、大人になっても素直になれないヤツが多い。
遊んでるとき、
みんなに気配りして、仲良くしようと努める子供は、
大人になっても、同じような気質をもってる。
おおむね、そんな具合。
だから、遊んでる子供をみてると、
その子が、どういう性質をもってるか、
大人の目からみると、とってもよくわかる。
小学校に入学する年齢の子供は、
(例外はあっても)たいていは、気質がストレートに出る・・。
2年ほどお世話になった、
都内の国立大附属小にいたときの経験なんだけど、
そこにいた男の子も女の子も、
なんか、ぱあ〜っとニコやかで、礼儀正しくて、
おらのように、
怪しい同級生が多かった小学校に通ってたモノからすると、
別世界のような、
なんか、不思議な楽園のような感じだった。
いまでは、むかしの同級生と一緒だったことを感謝してる。
何故かというと、
勉強ができる、親切、優しい、性格がいい・・・
というハイスペックな同級生ばかりの環境で育つ子供って、
・・・どうなんだろう、と、ちょびっと思うときがあって、
らく〜んさんと、あれこれ語るときがある。
おらのモットーは「**君(不良)から**君(優等生)まで」
っちゅうのがあって、
中学も高校も、
同じスタイルを貫いてきた。
成績がいいとか、勉強できないとか、関係なく、
オモロイヤツと仲良くしてきた。
勉強が出来るヤツもおもろいし、
まるっきり勉強が出来ないヤツもがはは〜っと一緒に笑えばおもろい。
そこに成績の優劣なんか、まるっきり感じなかった・・・
もちろん、引っ込み思案の子もいたし、
おとなしい子もいて、
みんながみんな、楽しい訳じゃないけど、
席が隣になって、よくよくしゃべってみると、
どんな地味な子も、仲良くなると自分のコトをしゃべってくれて、
・・・なんだ、
みんな、クラスのことや自分のことを、
客観的な目で冷静にみてるんだなあ〜〜と、感心した。
だけど、
いつも笑ってるような子は、少なかった。
中学、高校、大学、社会人・・・と経験して、
男子の中には、ばかみたいに笑ってるヤツが数人いたけど、
女子のなかで、いつもニコニコ・・的なひとは、
ま、数えるくらいで、
ほんと少なかった・・・・
でも、思い返して、
お世話になった附属小学校の女の子って、
にこやかだったなあ・・・と、思う。
それは現在でもたぶん同じで、
らく〜んさんと共通の知り合いの女の子(国立付属小)が、
やっぱり、にこやかで、
めげないというか、
いつも笑ってる。
個人の
魂・・・ちゅうものは、
あんまり、かわらない・・・
おらの場合の子供の頃の同級生って、
不良だったヤツが悔い改めてまじめになったのもあったし、
ふまじめだったヤツが警察に逮捕されこともあるし、
いろいろだけど、
子供時代の共通の友人が多い、らく〜んさんと語るのは、
みんな、むかしと同じだね・・・
みたいな感想が、多い・・
知り合いがセコイ事件で逮捕された新聞記事をみても、
笑うしかないもの・・・
刃傷沙汰ではなくって、ほんとにセコイ事件。
そんなの同窓会でもみんな知ってて、みんなで爆笑した。
ばかにしてるんじゃなくって、
「・・・らしいや」みたいな感じ、
で・・・
子供の時に、にこやかな表情の子って、
ご両親の愛情とかもあるかもしれないけど、
そもそもは当人の魂のクオリティなんだな・・・
と、瞑想系の見解で云えばそうなんだけども。
でも、地味な子も、地味な気質が悪いのではなく、
地味な気質を打ち破るチャンスはいっぱいあるし、
別に、地味な気質を打ち破る必要もないと気づくのも大切で・・・
魂の輝きを磨くチャンスは、人生の中にたくさんころがってるので、
みんさん、がんばってほしい・・・。
いろいろあって、でも、落ち込まず、
なんでもいいから、前を向こう! ばいばい。
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