大 家 さ ん
おらが学生の頃に住んでいた杉並のアパートの大家さんは、
中学を卒業した後、すぐに浅草で丁稚(でっち)になり、
働きながら少しずつお金を貯めて、
当時、ものすごい田舎に思えた杉並の雑木林のなかに土地を買って、
そこにアパートを建てたらしい。
数十年後、おらは、縁あって、そこに住んだ。
大家さんは、とっても良いひとで、
ときどき野菜をくれたり、
あれこれ親切にしてくれた。
娘さんが、おらの部屋の上に住んでらっしゃった。
その、大家さんが、人生で初めての海外旅行に行った。
「小僧のときから憧れていた・・」というヒマラヤを見に行ったんです。
旅行から帰ってきたときは、
わざわざ、うれしそうにおらを呼びに来てくれて、
夕食をごちそうしてくれて、あれやこれやの土産話をしてくれた。
上機嫌で写真を見せてくれてね、
インドのことやネパールのこと、
びっくりするようなことを、楽しそうにしゃべってくれた・・
初めて聞くはなしばかりなので、そりゃもう、すごく楽しかった。
そのとき、おらの印象に残ったのは、
エベレストを見に行く観光用の飛行機がある・・・・
ちゅうことだった。
おら「その飛行機って、どんなヤツなんですか?」
大家「ちっちゃいプロペラのヤツ」
おら「危なくないの?」
大家「なんか、性能はいいみたい」
おら「エベレストの近くまで行くんですか?」
大家「かなり近くまで行くよ。があああああっと全部ヒマラヤ」
ってな具合で、
おらは、大家さんから聞くヒマラヤの話とかインドの話が楽しくて、
不思議なところがあるんだな・・・と、ひたすら感心した。
そのあと、大家さんは病気になり、地上世界を旅立った。
お線香をあげて、お礼を申し述べた。
かれは、江戸っ子だったなあ・・・と思う。
話し方も江戸弁の名残(なごり)があって、カツゼツよく、
ユーモアに満ちていて、いつも陽気で、
えばったところが寸分もなく、
それでいて、
家の前に立ってるだけでも、伝わってくるエネルギーに満ちていた。
教科書で学んだことだけは知ってます・・という、
ひょろひょろっとしたエネルギー感ゼロの人とは根本的に違う、
人生そのものを実体験で基礎から学んできた力強い人だった。
根っからの江戸っ子なのである。
大家さんの印象深い土産話が忘れられず・・・
後年、
おらも、マネして行ってみた・・・・
乗った飛行機はコレ(写真1)
小さなプロペラ機。
24人乗り・・・くらい。
乗客はほとんど西洋人だった(写真2)
飛び立つと、カトマンズの盆地の向こう側に、
屏風のようにヒマラヤが左右に広がって見えてくる。
写真3 中央に見えるのがエベレスト(チョモランマ)です。
だれでも気軽にいけるアルプスと違って、
ヒマラヤは、登山口までのアプローチがめちゃくちゃ長い。
写真4 氷河みたいなところの左側を、
ひたすら歩いて登っていき、
途中、何泊もしながら、登山の出発点(ベースキャンプ)にたどり着く。
世界的に有名な登山家でも、
ベースキャンプ(標高5000m以上)に入って、
体調を崩して下山することもある。
年間、数人が高山病で死亡する。
もうね、ベースキャンプ(登山開始地点)が、
アルプスの最高地点よりも、ずっと高いから、
酸素も薄いし、レストランもないし、ホテルもないし、
すべてが原始の世界で、
だから、そこに憧れる最強の登山家が集まってくる。
瞑想をかじってるひとのなかには、
聖者は無呼吸に慣れてるから、
どんな高山でも平気だ・・・・みたいに信じてる人いるけど、
それは、違うよ。
瞑想中の無呼吸と、
身体を動かしてるときの酸素消費量の話は、ぜんぜん違っていて、
ごっちゃに考えてると、
あぶな〜な世界に迷い込むから、注意しよう。
シャキッとした、常識的な思考回路をもってほしい。
てなわけで、
おらは、学生時代の大家さんの土産話に感動して、
ヒマラヤをみながら、大家さんの感動を追体験したのでした。
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