瞑想の基本 1
 
 
【瞑想とは・・】
 あまり難しく考えず、瞑想とは、自分の意識から無用な雑味成分を取り除くことだと思ってください。ここでは初歩段階の瞑想法を紹介しますが、より詳しく(プラーナコントロール等)は、上級コースのレベル1「瞑想の基本 2」を参照してください。
 
 
【特別の注意】
 瞑想は一人で行います。
 瞑想は、個人の意識から雑味を除去する行為ですから、仲の良い夫婦であっても、一緒に瞑想するのはやめておきます。
 
 
【瞑想と精神集中との違い】
 瞑想は、精神を集中することから開始しますが、精神の集中が目的ではありません。
 初心者は、精神を集中しないと雑念まみれになって、嵐のなかで木の葉が舞い散るような瞑想になってしまいます。ですから、最初のうちは精神を集中することから開始するのですが、少し慣れれば、精神を集中しなくても初期サマージに入ってゆくでしょう。
 瞑想は、意識から「精神(心と理性)」を排除する技法です。精神を排除しても、純粋な意識は残るわけで、そのときのダイナミックな至福を味わうのが瞑想の醍醐味です。
 日本の書店ではヨガの書物を「精神世界」というコーナーに置いています。諸外国では「スピリチュアル(霊性)」というコーナーに分類しています。精神(メンタル)と霊性(スピリチュアル)は違う、という理解をもっている諸外国の認識や文化と、なんとなく漫然と考えている文化は、根本的な次元での差を感じます。
 
 
【瞑想する場所】
 できれば、部屋の一角でもいいですから瞑想用の専用コーナーを作りましょう。その場所は、瞑想以外には使わない場所にするのが一番です。衝立(ついたて)を使って、仕切(結界)を作るなど、他の空間と区別する工夫をするのが望ましいです。
 でも日本の家は狭いし、部屋の空間に余裕なんてないことの方が多いです。そういう場合は、しかたがありませんので、ベッドの上でも布団の上でも、机の前のイスを使ってもかまいません。
 旅行中など、ホテルで瞑想する場合は、バスタオルを床に敷き瞑想します。部屋が狭くてバスタオルを敷くスペースもないときは、イスを使うかベッドの上で瞑想します。そのときどきで柔軟に工夫しましょう。
 
 
【祭壇は必要か?】
 瞑想する場所には、聖者の写真を飾って祭壇とすることが望ましいとされます。ロサンゼルスのSRF本部でも、カルカッタ郊外のスリ・ユクテスワ記念堂でも、ババジ系統の写真が飾ってあります。
 祭壇といっても、仏壇のように立派なものである必要はありません。机や書棚の上に写真を飾るだけでも、立派な祭壇になります。
 聖者を信じない修行者もいます。それはそれで良い。「写真を飾ることはバカバカしいけど瞑想はしたい」という人は、祭壇を作る必要はありません。花を飾るだけでも良いし、何もなくてもいいです。柔軟に対処しましょう。
 
 
【瞑想するときの方角】
 東向きに座ります。
 旅行中、ホテルに泊まっていると方向がわからないので磁石(コンパス)を持参しましょう。
 なお、いろいろな理由で、東向きに座ることが出来ない部屋もあるでしょう。そういう場合は、東向きにこだわらないで、「自分の向いてる方向が東である」と割り切ってかまいません。柔軟に対応しましょう。
 東向きに座る理由は不明です。いくら調べてもわかりません。過去からの多くの人々の経験則で、それが良いとされているのだと思います。旅行中に西向きで瞑想しても何らの悪影響もありませんでしたので、過度にこだわる必要はありません。
 
 
【座る場所】
 畳の上に座っても、イスの上に座っても、フローリングの上にすわっても、絨毯の上に座っても、ベッドの上に座っても・・・どこに座っても構いません。
 地磁気の影響を避けるため、ウール(羊毛)の絨毯を敷くか、ウール(羊毛)のブランケット(毛布)を腰に巻くことが推奨されます。古代の修行者は草わらを敷きましたが、クッション材という軟弱な理由ではなく、地磁気の影響を遮断(軽減)するためです。
 最高の座は、ウール+シルクです。二つを重ねて瞑想の座とします。
 ウールは、小型の絨毯、寝具毛布を使うことができます。
 シルクは、シルク製のスカーフ、シルク製のシーツを使えます。
 シルク製のパンツをはくのも良策です。シルク製のパンツ+シルク製のパジャマとすれば最強と云えるでしょう。シルク製品は高いので、無理せず、自分の予算の範囲で許されるなら、試しに使ってみると良いでしょう。予算に限界があるなら、無理をする必要はまったくありません。
 
 
【電磁波の影響を避ける】
 現代の日本の家は電磁波まみれです。日常生活を送るうえでやむを得ないのですが、瞑想するときは、電磁波の影響は最小限に抑えましょう。
 電化製品、とくにコンピュータ、ステレオ、テレビ、冷蔵庫などの近くで瞑想するのは出来るだけ避けましょう。切れる電源は、瞑想中は切ってください。
 蛍光灯も、直下は電磁波を受けます。瞑想は、薄暗い場所ですることが望ましいとされていますので、瞑想中は、室内照明も薄暗い感じにします。真っ暗にしてもOKです。
 古代の修行者が洞窟で瞑想したのは、静かだ・・という理由だけでなく、地磁気の影響、薄暗さの具合など、さまざまな理由によります。電気を煌々とつけた部屋で瞑想するのは、どうしてもそうせざるを得ないときに限ってください。
 楽々とサマージに入るようになれば、明るいところで瞑想してもまったく関係なくなります。
 
 
【座るときの姿勢】
 正座でも、胡座(あぐら)でも、イスに座ってもいいです。
 いずれの場合でも、できるだけ背筋を直立に保ちましょう。
 イスの場合は、背もたれがあるものが良いとされます。ヨガナンダ先生はインドにいるときからイスを使用していました。
 イスは、出来れば座上で胡座(あぐら)を組める面積をもったものが良いですが、特注で作ると高額になるので、家具店やデパートをさがして、自分の背丈に合うものを探すのも楽しみになるでしょう。もちろん、胡座のかけない普通のイスでいいことは当たり前なので、こだわらないこと。
 正座をすると、足がしびれます。できれば胡座(あぐら)に慣れるといいでしょう。
 足の組み方には、結跏趺坐(けっかふざ:両足を太ももに載せる)と半跏府座(はんかふざ:片足を太ももに載せる)がありますが、無理な姿勢をしても無駄ですので、半跏府座のように、片足を太ももに載せる姿勢をしつつ、途中で足を組み替えて瞑想を継続させるのが良いと思います。ラヒリ・マハサヤ先生の書簡の中に、足を組み替えても良いですか? というお弟子の質問に答えて「かまいません」という返事があったことが記録されています。瞑想中は姿勢を変えてはいけないとか、そんなどうーでもいいことで悩まないこと。
 結跏趺坐もイスも、いずれも上級者がサマージに入ったときに上体がひっくり返らないようにするための工夫です。最初のうちは、どのような姿勢をとってもかまわない、と気楽に考えましょう。
 
 
【瞑想時のファッション】
 瞑想の時は、できるだけリラックスできる服装にします。
 寒くないなら、すっぱだかでも構いません。インドの修行者の中にはすっぱだか−−冬でも!−−のグループもいます。
 日本は、夏は暑いので上半身はだかでもかまいません。というより、上半身は冬でもはだかにしておく方が好ましいのです。寒いときは、もちろん洋服−−パジャマとか−−を着ますが、羽織る程度にして、前ボタンは閉めない。
 これは、瞑想中に聞くべき内的聖音がハートの部位と密接な関係があるため、胸の部分は解放しておく方が良いとされるからです。Tシャツは、胸を完全に閉じるので避けてください。寒いときや、着る服がないときは、Tシャツでもかまいません。服の素材は、出来れば天然素材のシルクかコットン(綿)が好ましい。麻でも良いです。化繊のものは瞑想中は出来るだけ避けます。
 
 
【瞑想の時間帯】
 瞑想は、起床後すぐと就寝前が良いとされます。雑念が少ないからです。
 しかし、瞑想する時間帯は、各人の都合の良いときで構いません。
 食後2〜3時間は瞑想してはいけないというルールがあるので−−消化不良を避けるため−−−、そういう条件の中で、規則的に瞑想できる時間帯を設定しましょう。
 
 
【瞑想の長さ】
 日本人に向く瞑想時間は、中級以上になったときは60分〜70分です。
 可能なら、土曜日、日曜日は120分程度の瞑想時間を確保しましょう。
 インド人の瞑想は長いです。ヨガナンダ先生は、土日は6時間以上やりましょうと云われますが、現代の日本人には無理だと思います。
 長さより、質(クオリティ)を重視しましょう。
 ただし、初心段階の時は長さも重要です。一方で、初心段階は、長い瞑想が出来ない・・というジレンマがあります。このため、初心段階のときは、20分、20分、30分という具合に、時間を区切ってトータルの積算時間を稼ぐようにします。慣れてくれば、30分、40分、50分・・という具合に、一回あたりの瞑想時間を長く延ばしてゆきます。60分以上の瞑想が無理なく出来るようになれば、時間を区切った積算方式はやめてかまいません。
 
 
【瞑想開始前の準備】
 祭壇をもってる人は、祭壇にコップ一杯の水を備え、ちょこっと頭をさげてから、その水で口をすすぎ、手と足をぬらして身を清めます。
 日本の神社やお寺には「うがい手水(ちょうず)で身を清める」とい考え方があります。西洋のキリスト教会でも手を清める泉をみかけます。インド人は川に入って沐浴します。
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 こういうことをしないとダメなのか? といえば、これまた「するしないは自由である」としか云いようがありません。まじめな霊的教師であれば、「した方がいい」と云うでしょう。でも、そういうことをしたくない人、またはやりたくても出来ない環境に生活している人もいます。ですから、絶対にそうしなければならないとは云えないのです。出来る人はやったほうがいい・・という程度に考えておきましょう。
 祭壇のない人も、コップ一杯の水を目の前に置き、ちょっと頭を下げてから、その水で口をすすぎ、手と足に水をつけて身を清めると良い。
 だれに頭を下げるのだ? などという疑問を抱く「へそまがり」は、自分の性格をまっすぐにする訓練をしましょうね。剣道家や柔道家が道場に入る前にちょこっと頭をさげるように、相撲取りが土俵に上がる前に軽く頭を下げるように、ボクサーだって野球選手だって、これから自分が神聖な真剣勝負に挑むのだ・・という高い意識で臨む者は、理屈を云う前に自分の頭を下げるのだ・・・ということを覚えましょう。
 
 
【瞑想の開始−−挨拶−−】
 座ったら、まず背筋をのばして合掌し、目に見えないお方に挨拶します。目に見えないお方を信じない人は、宇宙に満ちている普遍的な意識に挨拶しましょう。信じる聖者がいるひとは、その先生に挨拶します。ヨガナンダ先生でもラーマクリシュナ先生でもイエスキリスト先生でも仏陀先生でも、だれでもよろしい。
 瞑想前の挨拶は、いろいろな意味があります。
 挨拶を習慣化することによって、瞑想開始直後の精神安定を得やすくする側面もありますが、もっと深い意味もあります。
 瞑想意識は、よくいわれる「無念無想」に近づく方向にすすみます。うっかりすると、初心者は精神的な空白時間をもってしまうのですが、瞑想場所の近くを飛び交う想念の波動(付近の人々の想念)や、霊的な波動の影響を受ける危険があります。
 瞑想前の挨拶は、このような目に見えない影響から自分の瞑想意識を守るプロテクトであると理解すると、手抜きはしない方が賢明だと思うようになるでしょう。
 
 ここまでの段階が終わったら、まずは、静かに座って目を閉じ、眉間(眉毛と眉毛の間)に意識を置いて、できるだけくつろいで、20分くらい座ってみましょう。最初のころは、のんびりする思い出、例えば安らかで印象的な風景の中にいたときのことなどを思い浮かべても良いです。座るのに慣れるまでは静かな音楽を利用しても良いです。慣れてきたら音楽はやめます。お香を利用するのも控えましょう。嗅覚を刺激しないようにするためです。
 最初のころは、20分座っていれればOKだ! くらいの気持ちでやってください。じょじょに時間を伸ばしていきましょう。30〜40分座っていれるようになったら、次のステップに移りましょう。
 
 
 
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